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今ではそういうことも少なくなってきていますが、女は長男と結婚すると、その家族と暮らさなくてはなりません。「結婚」とは「夫の家に入る」ことを意味しています。
「そんなのナンセンス!愛し合っているから一緒になるの」
新婚さんはそういうでしょう。結構、結構。愛し合っているのは大事なことです。
恋人同士の間はそれでも通りますが、結婚となるとどうしても付録で付いてくる舅、姑。時には特別付録で小姑も付いていたりします。
さて、結婚すると各家庭で国際的とも言えるほどの習慣の違いに気付くでしょう。
洗濯もののたたみ方、食器の洗い方、掃除の方法から、親戚付き合いまで。些細なことに思えるでしょうが、生活とはそういった細かな日常の寄せ集めから成り立っています。
何もかも洗濯機でがらがらと回してしまう家庭に、「色物、タオル、手洗い」と分けて洗濯したいお嫁さんがきたら、お互い発狂ものでしょう。
私の友人でこういう人がいました。
ある日、彼の家へ行ってごはんを作ることになり、料理上手だった彼女は 腕によりをかけて台所に立ちました。次から次へと料理を作っては彼の待つテーブルへ運び、そして、最後の料理を持って行って彼女は愕然とします。
今まで運んだ料理がすっかり食べられてなくなっていたのです。
彼の家ではお母さんは料理を作っても家族と食べず、台所で済ませていたというのです。なので、当然彼女も台所で食べていると思っていたらしい。「食事は家族揃ってするもの」そう思っていた彼女にとってはまさに青天の霹靂。ケンカになったのは言うまでもありません。
また、その彼というのが、フレンチのシェフの卵だったというからもうひとつびっくりですね。
その二人、今は結婚して立派なフレンチレストランを経営しています。同居していないのが何よりの救いですね。だって、台所でご飯食べなくちゃいけないんですから。
結婚するとそんなことの連続です。親と同居せずとも、各家庭の習慣は体に染みついていますから、夫の(妻の)意外な習慣に目を剥くこともしばしばです。
ですので、同居となると、もはや戦争です。結婚前は「お母さんも私のことを理解してくれてとってもイイ人」などと思っていても、姑となりゃもう敵です。私は嫁姑で仲良くやっているなんて気持ちの悪い話を聞いたことがありません。お手伝いさんのいるような金持ちなら別でしょうけどね。
しかし、なんだかんだ言いながらもそこでやっていけるのが女。まあ、姑が嫌で離婚したなんて話もありますが、本来なら我慢したり、ケンカしたりしながらもやっていけるもんです。女ってそういうねばり強さがあるんですね。
でも、これが男だとそうは行きません。養子に入った男はマスオさんみたく去勢された犬のように 暮らすしかないのでしょうか。
尊敬できるヤツ、ウマの合うヤツとしか暮らしたくないし、接触したくない。 それが嫌なら「やーめた」と、どっかへ行っちゃう。それが男です。ただでさえ仕事で過酷な状況に立たされているのに、家まで戦場とあっては、もう耐えられないのです。
え?耐えられない??そう思ったあなた。そう、今どき女だって当然仕事しています。なのに、なんで男は逃げちゃうんだ?ですよねえ。そうなんです。男の方が実は弱い。耐えられないことには耐えずに逃げる。
例えば男女間の話し合いにしても、ややこしくなってくると男は逃げる。寝てしまう。口を利かなくなる。思い当たりませんか?
そんな男が嫁姑みたいな関係に耐えられようはずもありません。男の神経の方が繊細なのです。もちろん、女だって若いうちは繊細さもあるでしょうが、柔軟性に富んでいてこれを鍛えることができる女と、鍛えられずにいつまでたっても繊細なままの男とでは、耐久力に差が出てくるのはあたりまえ。
宇宙に飛ばす衛星に猿を乗せる場合だって、メス猿です。そのほうが順応性があるからだそうです。オス猿だと発狂してしまうとか。
過労死や自殺に男が多いのも、蒸発してしまうのも、その繊細さを象徴しています。 そう、逃げるのは男の防衛本能なんです。そのままそこにいることがいたたまれない。極限いっぱいになったとき、男は逃げる。逃げて自分の居場所を新たに見つける。しょうがないですよね。ですから、男を極限まで追い込まないようにしましょう。でも、つい追い込んじゃう、そういう場合も実に多い…ですけどね。
でも、 大体、連れ合いが死んで生き生きするのは女。がっくりきて後を追うようにして逝ってしまうのが男。うーん、なんだかん言っても、そう思えば、腹の立つことも少なくなるかも知れません。
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