テレビをつければグルメ番組。という時代がありました。ちょうど「料理の鉄人」全盛期のころです。ドラマでは「王様のレストラン」など、シェフが主人公のドラマがどこのチャンネルを回してもやっていました。昔は「料理人なんか」と蔑まれたこともあった裏方の職業が、今ではすっかり花形職業です。

また、「どっちの料理ショー」のように、究極の一皿を作るために、日本全国、世界各国から厳選された希少な素材を調理することがもてはやされたりしています。

そこまで行かないにしても、料理と素材は切り離せない関係として重要視されています。料理の名前もそれに伴って長ったらしいものになったりしています。

「大分豊後水道からの鯖の酢締めグリル」

なんてのはまだ序の口で、

鹿児島産黒豚バラ肉ダイエットコーラ煮の厚焼き甜麺醤なめ味噌風味豚耳と田中さんちの里芋のコンフィ添え

なんていうのがあったりして…もうどうでもいいやって感じになりますよね。

中には、

「まどろみの中の熱い抱擁」

食いもんか?それ。みたいなスープの名前とかね。

 

まあ、名前はともかく、レストラン産業の発展と共にシェフ達はよそに負けないための究極の一皿作りに没頭してきました。もし、そういう一皿に出会えたなら、なんと幸せなことでしょう。って、本当にそう思いますか?もし、次の二つのうち、どれを選んでもいいなら、(しかもスポンサー付きで)どれを選びます?

1. 世界から選りすぐりの素材を使った一皿5000円の料理
3. 近所の商店街で買ってきた素材で作った一皿1000円の料理

話は変わって、ワインを飲まない人でも聞いたことのあるのが「ロマネ・コンティ」でしょう。
世の中には、このロマネ・コンティを崇拝している人がいます。50万円くらいするのですが、これを10人で飲んでも一人5万円だから、もう少し人数を増やして20人でお金を出し合って飲んだりするのです。
そうすると、一人2.5万円の出費ですね。で、どれだけ飲めるかというと、ワインの要領が750ccですから、一人37.5cc。大さじ二杯半分です。それをうやうやしく、仰々しく、ありがたがってがん首揃えて飲むわけです。
おいしいと思いますか?いやあ、2.5万円も出すんだからおいしいと思わないといやんなっちゃいますよね。だから、きっとおいしいはずです。
でも、ロマネ・コンティって、そうやって飲む人の為のワインでしょうか?ハッキリいっちゃうと、そう言う人はロマネ・コンティを飲むステージまで行ってないんですね。ではどうしてそこまでしてロマネ・コンティを飲みたいかというと、「ロマネ・コンティを飲んだ」という経験が欲しいからです。自分の中にではなく、その経験を人に自慢したい為です。しかし、2.5万円出して大さじ二杯半飲んだ、なんて、自慢どころか、却って情けないことありません?
経済講座にも書きましたが、私には四畳半に住んで、特売に出掛けたりしているのにシャネルやヴィトンを買っている人と同じに思えるんですね。

そうやって、ワインのウンチクをうだうだと言いながらありがたがって飲むワインよりも、一本1000円の安物でも一人の好きな人とテーブルを挟んで、あるいは肩を並べて飲むワインのほうが断然おいしいに決まっています。

料理だって同じ。もし、次のような状況ならどうでしょうか。

1.の料理を村上ショージ似で、セカンドバッグを小脇に抱えているような上司と話題の超高級ホテルのレストランで食べる。話題はワインと料理のウンチクと自慢話。挙げ句の果てに「部屋もリザーブしてあるんだ」なんて、テーブルに部屋のキーを置かれたりする。

2.の料理をちょっと憧れている先輩と食べる。先輩行きつけの店で、取り立てて話題の店ではないが店主が気を利かせてサービスしてくれたりする。劇団四季でピアノを弾いているという常連さんから業界の裏話を聞いたりする。

料理は皿だけで完結するものではありません。人、場所、時間。全てが交わって、その中に料理の皿があるわけです。ですから、珠玉の一皿と言われる100点満点の料理でも、環境が悪ければ0点になるし、70点そこそこの料理でも、環境が良ければ100点になりうるのです。

特に、近年、素材偏重志向が台頭してきています。おいしいのが嬉しいのはもちろんですが、そんな重箱の隅を突くようなことよりも、もっとおいしいためにできること、いっぱいあると思うんですよ。

 

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